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ガメラ2  レギオン襲来 [怪獣]

ガメラ2 レギオン襲来(1996年)

監督 金子修介  脚本 伊藤和典  特撮 樋口真嗣

出演 水野美紀 永島敏行  藤谷文子  石橋保 吹越満 
    川津裕介 田口トモロヲ  螢雪次郎  沖田浩之 徳間康快

主題歌「そら」ウルフルズ

協賛 亀田製菓 特別協力 防衛庁

◆・ストーリー

 地球に流星群が降り注ぐ。隕石が一つ北海道支笏湖付近に落下し、不思議なグリーンの
オーロラが現れた。調査に向かった札幌青年科学館の穂波(水野美紀)は現場に居合わせ
た陸自・大宮化学学校・化学防護隊の渡良瀬(永島敏行)と知り合い、互いの知識を生かし
情報交換するようになる。

 ビール工場の倉庫、札幌市営地下鉄と不気味な宇宙生物が現れ犠牲者が続出する。
やがて札幌に謎の草体が現れるが種子の発射直前にガメラが現れて阻止する。
直後、地下から小型レギオンの群れが、さらには巨大レギオンが現れ新たな脅威となった。
隕石と思われていた物体は実はレギオンだったのだ。シリコンを餌にするレギオンは都市を
目指し仙台にも草体を発芽させるが、再度ガメラによって発射を阻止される。
 しかし、草体の大爆発により仙台の街は焦土と化し、巻き込まれたガメラは一度死んだ
かに見えたが、不思議なマナの力によって復活する。ガメラは都市を目指すレギオンに戦い
を挑むが、自衛隊の防衛ラインは簡単に突破され、ガメラも巨大レギオンと小型レギオンとの
連携攻撃に対しては圧倒的に不利な戦いが予想された。

◆・レビュー

 この第2回で、ガメラが救ったのは人間ではなくて地球の生態系であり、地球の守護神
という解釈が明確になる。人間もその生態系を構成する一部に過ぎないのである。
 ガメラを地球の守護神として位置づけられた(正義の番人)といっても良いだろう。
それは地球上の万物に宿る超自然的な力であるマナのパワーを駆使して、その威力の
表現者となった事で判ろう。ガメラに注がれる光と炎は、マナを集約させガメラに吸収させる
意味がある。マナのパワーによってガメラは蘇り、エネルギーを充電する。それは地球と
一体化しているから可能なのだ。だから人類ではなく地球の意思を優先する。
つまり人類ではなく地球にとっての正義の実行者なのだ。レギオンも人類ではなくて、
地球にとって有害となる生物だったからガメラの敵となったと思えば良いだろう。

 地下鉄駅構内へ捜査に入った警官隊は、小型レギオンに襲われて呆気なく全滅する。
銃を発砲すれば助かったはずだ。だから警察官の発砲に対して寛容でなければならない。
また警察や消防では対処できない事態は必ず起こるし、自衛隊が国や自治体からの正式な
出動要請が無くても自主的に判断して出動するのは許容されるべきだろう。一刻の猶予を
争う緊急事態の時には、各自のその場の判断が重要なのだから当然である。ワイドショーや
国会などで是非の議論などしていたら、その間に怪獣に踏み殺されてしまうのだ。

警察官の発砲への寛容さ・自衛隊の自主的判断での出動。これらの教訓を学べる。

 これが最低ギリギリのラインであろう。仙台でガメラが復活したシーンである。
これ以上、子供たちの願望や念が通じるような描写は自滅行為であり、旧ガメラシリーズ
同様、お子様ランチ(それも痴呆症や脳軟化症を発症する毒入り)の間違った方向に進んで
しまう危険性がある事を強く指摘しておく。
 子供は純真な心があるから、マナを集約させる効果があるという意味合いか、あるいは
親子連れが関わりを持つようなシーンを挿入する事で、旧作からの流れと懐かしさを出し
たいのか、それとも家族連れにも映画館に足を運んでほしいという営業対策なのか、
いずれにせよ「大人を対象とした作品は、子供に迎合するのではなく、子供は大人になって、
ストーリー展開や内容や趣旨を理解できるように成長してから見ればよいのだ」

 陸自が陣地を構築し、重火器を用いた大規模で本格的な戦闘を行う為の防衛ライン
を敷くが、これは、北海道⇒⇒東北⇒⇒東京へ侵攻するロシア(旧ソ連)軍機甲部隊との
戦闘を想定した防衛ラインに準ずる展開と思われる。たとえば、首都防衛部隊の練馬の
第一師団が撮影に協力しているが、最終防衛ラインを受け持つのだから、ある意味,
理に適った協力体制ともいえよう。


★・点数85点 (仙台で親子が祈るシーンが無ければ90点)
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